Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “晩夏のしっぽ”
 


     



即席にしては取って置きの手段だったはずが、
即席だったからこその時限式、
且つ、その場での解法がないほど強力な代物だったことへ、
選りにも選って 大きに焦っている彼らなのであり。(注;張本人除く)

 「あ? 何がだ?」
 「……もういいよ。」

どれほどの一大事なのか、
どれほど皆が、動揺し心配し焦っているのかなんて。
常に勝ち組、
どんなに窮地へ追い込まれても
したたかで周到な布石でもって、何とか切り抜けて来られた、
鬼のような生き残り組の術師殿。
さすがに“何とかなるさ”とまでの無責任なことは言い出さないが、
今回ばかりは
常のような周到な布石とやらは敷きようがなかっただろう
文字通り 思いがけない突発事なのに。
ましてや他でもないその身へ降りかかった、途轍もない椿事だってのに。
それでも飄々としていて動じないなんて、


  強心臓 ここに極まれるったら ありゃしない

   ………字余り





     ◇◇◇



くどいようだが、話は騒動の初日へと逆上る。
秋の初めの夕暮れ前。
朝晩は肌寒いほどとなりつつあるが、日のあるうちはまだまだ暑い。
ましてや、全神経を鋭く研ぎ澄ましての
邪妖相手の大殺陣回りなんてのをやらかしたのだから、
それなりの衣紋を着込んでいた身は汗みずくになってもおり。
すきっ腹を埋めて少し休んでから、
大きめの盥に張ったぬるま湯で体を拭って清めたものの、

 『これも結構大きいのな。』

間に合わせにと、今着ている中からのを借りたセナの着物だったが、
いくらセナが小柄で蛭魔は長身だったとはいえ、
さすがに年齢差は埋められないということなようで。
どんなに上へと引っ張り上げても袴の裾は引きずるし、
小袖の方も、肩幅だけで肘まで足りるわ、
たすきを掛けても、
衿が左右どちらかの肩の間際まで落ちかかるわと来て。

 『ただ歩くだけでも大仕事になんぞ。』
 『だな…っ、てっ☆』

言ってる端からお見事にすっ転び、
さすがは長いと 今更思い出した、
葉柱の手や腕へ受け止められてばかりの有り様なので。
もう少し小さいのはないかと探すことと相なった。

 「何なら帷子
(かたびら)だけでもいいんだがな。
  今日はもう、後は寝るだけだしよ。」

 「そうはいきません。」

明け方の寒さで風邪でも拾ったらどうしますかと、
メッというお顔になったセナであり。
彼から見ても、今の蛭魔の風貌は、
ついつい庇護したくなるほどに、幼くもか弱そうなそれなのだろう。

 “寝るだけだからこそ、
  何なら大人の小袖や袙でも構わねぇんだがな。”

別段立って歩く訳じゃなし、それへくるまりゃいいんだしよと。
思ったけれど、言い出す切っ掛けを失ってしまい。
仕方なく、市場でお買い物中の親御を待っている童のように、
どこか所在なさげなまま、自分の手なぞを見下ろしていた蛭魔だが。

 「体こそ小さく幼くされちまったが、
  咒力の強さや持続力は、削られてはねぇみたいだな。」

 「そういうものなんですか?」

自分のお部屋の納戸を掻き回していた手を止めて、
瀬那が不思議そうに訊いてくるのも無理はない。
ちょっとした金縛りの延長程度の代物ならともかく、
こうまで強力な封印の咒を仕掛けられるなんて、
陰陽術師であれ そうそう経験しはしないもの。
邪妖が相手でも、人が相手でも、
そこまで凄まじいのを浴びせられるということは、
逆にいや、相手がこちらをよほど恐れている、
若しくは疎んじているという事実の裏返し。
よって、そのまま殺されかねぬということでもあるからで。
だがだが、

 “まあな、俺の場合は目障り扱いされまくりだかんな。”

強力な咒力を頼られて、
ここ近年の邪妖退治は彼が一手に引き受けているも同然で有り。
よって邪まな奴からほど警戒もされようし、
隙あらばと寝首を掻かんとやって来る輩も後を絶たない。
そんなこんなで、封印を飛び越えて封滅の仕儀、
つまりは
滅ぼしてしまわんという手を使うほかはない邪妖とも対峙したし、
その中では様々な抵抗や反撃に遭いもしており。
肉体への怪我のみならず、
能力封じという厄介な目にだって、さんざん遭っていることから、
そういう方面の心当たりなり手応えなりも、嬉しかないが判るのだ。

 “嬉しかないが、か。”

小さくなってしまった手をふと見下ろす。
他の部分も縮んでいるのだから、均衡という点は変わっておらず。
それで勝手が悪いという実感が薄いのだろと思っていたが、
歩幅も狭まったし届かないところが増えたしで、

 “そんな筈はないんだよなぁ…。”

今 羽織っている柔らかな生地の小袖は、
蜥蜴の総帥さんが、やはりとりあえずと持って来たもの。
彼のお仲間の子供らは、
人への変化
(へんげ)はよほどに上級でなければこなせない。
しかも大人ほどには完全でなく、
いきなり服を着た姿になる場合が多いらしく、
手持ちの蔵物に子供用の衣紋なんてのは滅多になくて…と、
しどろもどろの説明つきで差し出されたのが、
このすべらかな絹の小袖だ。
日之本の産とは思えぬやわらかさの厚絹だから、
唐渡りの逸品というところかと。
こうまで目が詰んでいて、なのに柔らかならば、
あちこちを縮めての調整も、特に不快なく出来ようというもの。

 “………まあ、いつものことだけどよ。”

肝心なことへは にぶちんなくせして、
その他へは意外なくらいに至れり尽くせり。
しかも、どっか古着屋を回って来ると言って、
そのまま出てった働き者であり。
こんな時間帯に空いてる店があるものかと
呆れたあまりに 笑いも怒鳴りも出来なんだ。

 「…あ、これがあった。」

部屋に作り付けの収納の、奥の方へと随分と潜ってった先から、
そんな声を上げたセナが引っ張り出したのは。
小さな小さな竹の桑折。

 「最初の家の養子になったとき、
  小早川の本家へご挨拶に上がった日に着たんです。」

潜在能力を買われて、
本家よりの家へ、
どうかすると無理から養子に引き取られた彼であり。
その後もあんまりいい想いはしちゃあいなかったと聞いている。
そんな無理を断れなかった理由のひとつとして、
実家はあんまり裕福ではなかったそうで。
それでと揃えてもらったのを、まだ持っていたらしく。

  実家のご両親が揃えたってんでもないんだろう?
  はい。

  じゃあ、別段思い入れもなかろうによ。
  そうなんですが、何となく…。//////

今だって小さなお膝に広げつつ、
ちょみっと俯いた彼だったので。

  ……………ふ〜ん

そこで、蛭魔にも何とはなく察しがついた。
晴れ姿なのでということか、
それともそういう儀礼上の決まりででもあったのか。
実家の両親にも見てもらった、
一丁前な姿の着物なんだろう、恐らく。

 「……あのな、ちび。」

彼の実家は須磨の方なので、
京都からおいそれと行ける距離じゃあなかったが、

 「今は進の遠歩で運ばせて、
  あっと言う間の里帰りも時々してんだろうによ。」

 「あやや…。///////」

だっていうのに、いちいちしんみりすんじゃねぇとのご意見へ、
たちまち真っ赤になって“ご、御存知でしたか”と焦る書生くんで。

 「おうよ、俺を誰だと思っとる。」

大威張りのお師匠様、
でも今は、
そんなセナくんの何年も前の衣紋が丁度良かったりいたします。

 “うるせぇよ。”

あーその、話を戻そう、うん。
(苦笑)
お父さんの着物をいたずらして羽織ってたような様相だったのが、
生なりがかった水干とその一式の内の、
内着と袴を着付けることで、
やっとまともな落ち着いた格好になっての さて。

 「ま、そうそうこっちばかりが不利だって訳でもない。
  むしろ条件は同じだしよ。」

 「え?」

やたらと
小さくなってしまったことをばかり
皆から案じられているものだから。
蛭魔としても、ここは一つ安心させてやらねばと思うたか。
自分の咒術力が衰えていないことのみならず、
もっと具体的な話を付け足してやる。

  散らばった側の“分身”も、
  俺とは違って、小さくなった分
  さしたる妖力も使えねくなったろうから、
  せいぜいこの山のどっかで息を潜めているはずだ。

 「しかも、だ。
  危機回避のために結合を解いた奴らなんだろうが、
  そのまま“じゃ、そういうことで”と
  現地解散って訳にはいかねぇ。」

一応は礼服にあたる式服だからか、
肩やら衿やら、
芯地も入っての堅苦しいのが窮屈な蛭魔であるらしく。
指を入れてはあちこちを少しずつ引き伸ばしつつ、

 「属性が違う同士で一体化するのへ、
  生意気にも咒を結んでいやがったようでな。」
 「咒…ですか?」
 「おうさ。
  随分な無茶だ、そのくらいの代償はいるってワケでな。」

 一番デカかったあの“礎”へ戻らねば、
 取るに足らない単なる小物の精霊もどきに
 戻っちまう…ってだけじゃあ済まない。
 ああまで大きい存在になりきるべく、
 そう簡単には解かれぬようにって、
 深く接合させ合ってた部分を無理からほどいた格好だから。
 互いへ渡しちまったままのあれこれが補えてねぇ切り口から、
 今はきっと、どんどん精気は逃げるばかり状態ってやつでな。

 「だから…。」
 「引っこ抜いたその上、
  切ったまんまで放置した大根みたいなもんだ。」
 「ああ。」

何か言い足し掛かった蛭魔の声を遮って、
何とかむごたらしくも生々しい喩えにしなかったところが、
さすがは気遣いの人、葉柱で。

 「おお、戻ったか。」
 「まあな。」

やっぱり店屋も露店も終わってたんで、
童の着られそうな衣紋は手に入らなんだ。
明日あらためて回って来るから、と。
律義に報告をし、
その代わりらしい干し魚を土産に提げて戻って来た、
これでも蜥蜴の邪妖を統べる総帥殿だったりし。

 “こやつも邪妖の側だのにな。”

 “というか、人の和子代表が
  一番肝が太いっていうのに問題があると思うんですが。”

敢えて誰がとは言いませんけどね。(う〜んう〜ん)
姿は見せぬが、やはり傍にいたらしい進さんと
こそこそと内緒のお話を交わしている
セナくんだったのは ともかくとして。

 「ま、そういう事情があるのだから、
  向こうさんとてそうそう諦めまいよ。」

ちょっと話が逸れたが、
何食わぬ顔で軌道修正した蛭魔曰く。
本体
(?)から四散した連中は、
放っておいてもどこか遠くへ逃げたりはしなかろうとのことであり。

 「じゃあ、戻ってくるところを狙えば。」

現に、瀬那が咄嗟に封じた一体が欠けてもいるし、
蛭魔の封咒が押さえ込んでる本体部分は
移動も出来なきゃ動きも取れぬ。
封印された部位が司っていたらしい
樹木の素養は使えないということで、
断然有利になると来て、
ああよかったと胸を撫で下ろした書生くんだったものの、

 「それは最後の手段。
  手をこまねいて待つのは性に合わんからな。」

ふふんと笑ったお顔が、妙に凶悪だった子蛭魔さん。
おいおい、まさかと
葉柱やセナが眉をひそめ、
そういえば

 『裏山全域で鬼ごっことなるのだろうから。』

そんな言いようをした傍観者の蛇神様が
さもありなんと大きく頷いていたのをなぞってのこと。
小さくなった拳をぐうに握った子悪魔様、もとえ、
神祗官補佐殿。(現在、推定年齢七歳くらい)

 「先手必勝、片っ端から狩ってくぞっ!」

中身はまったく変わらぬ
チョー前向きなまんまの彼が先頭に立ち、
問題の咒弊の残りの半分、
そこへ封印し損ねたまま四散してしまった小物邪妖らを、
咒法の効用期限である三日以内に調伏してしまわんと、
一同で奔走することと相なった。






  ………という展開があっての、


序盤の冒頭、邪妖追跡とその封印捕獲と相なっていたわけで。

 「因果封滅っ。」

封じるための縛咒を唱え、
白い額に立ててた指先に念を込める。
ぶんっと思い切り振り抜かれた腕の先から、
細くて鋭い雷閃光が飛びかかり、
それで捕らえて封印の弊へ、
殻の中身の精気を抜き出して封じてしまうという
回収大作戦 執行中。

 「前向きってより、喧嘩早いの間違いだよな。」
 「何か言ったか、おい

当人が言うように、咒力の容量は不思議と衰えてはないので、
分散した方の“しらみつぶし”
…もとえ、索敵の方も順調であり。
いざ見つけたとなれば、
ずんと小柄になってしまった術師殿だが、
そこは息の合った黒の侍従殿が、
攻撃に合わせて駆け寄ったり、後ろへ飛び退って回避したり、
坊やを抱える位置を上げ下げしたりと、
それは柔軟な補佐に勤めているお蔭様で。
裏山のあちこちに十体はいた分散邪妖ら、
たったの二日でほぼ殆どを仕留めおおせておいで。

 「弊が足んねぇな。」

封印のための武具にと用意した独鈷
(とっこ)も、
補給の必要もあるからと、一旦屋敷へ戻ることにした彼らであり。
夏の間に随分と伸びていた草原は、
背丈が縮んだ蛭魔にはなかなか難儀な深みだったため、

 「ほれ。」
 「ん。」

当然のように延べられた手へ掴まれば、
やはりごくごく自然な呼吸にて、
振り回しも無理もしないままのひょいと、
雄々しい肩の上へ、座らせる格好にて抱え上げてくれる葉柱であり。

 片側だけで足りんだな。

 まーな。おんぶとか肩車とか嫌いだろうが、お前。

 そーでもねぇぞ? 肩車だと両手が空くから遊べるし♪

 ……何をいじって“遊ぶ”って?

 さぁて?

二人の会話に割り込みたいか、
トチの葉が風を通して、ざわわと騒ぐよに鳴る。
陽が降らす熱ごと、さくっと掻っ攫う涼しさの風であり。
額へ降りてた髪がぱふりとかぶさったのへ、
一瞬目元を瞑った童っぽい所作のあと、

 「そろそろ北に近い山から紅葉が始まるなぁ。」

手の届く梢の、こちらはまだ瑞々しい緑に触れつつ、
そんな他愛のないことを口にした蛭魔であり。

 「…そうさな。」

肩の上へ見上げた相方は。
澄ました表情が堂に入ってた面差しも、
結構 膂力があるとは信じがたいほど嫋やかだった腕も肩も。
どこもかしこも寸が詰まっての、
それは愛らしくも稚い姿へと変貌しており。
肩の上へと担いでる重さにしても、
うっかり落としても気づかないんじゃなかろかというほど、
羽根のように軽いから。

 「  〜〜〜〜。」
 「まぁた、それだ。」

口元が嗚咽でも零したいかのようにたわみ始めた葉柱へ、
黒装束へ適当に掴まっていた手をひょいと上げると、
容赦なくごんと頭へ振り落としている蛭魔の方が、
相変わらずにしっかりしている。
むしろ、中身がちいとも変貌していない分、
なのに、手が届かぬとか太刀を鞘から抜けぬとか、
意識せずとも出来たあれこれが、
微妙に侭ならぬことが歯痒いのかも知れなくて。

 「あああ、拳骨もこんな か弱くなって〜〜〜。」
 「だーっ! 判ったから眸ぇ潤ませるのは止せ〜〜っ

邪妖探しより大変かも知れないです、お館様。
(苦笑)






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  *長い話ともなると、
   ついうっかりと脱線し倒すくせが出るのが困りものです。
   お館様、もーりんへまでキレないでね。

 
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